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欲望の翼
欲望の翼 (JUGEMレビュー »)

熱帯のジャングルを俯瞰するあの緑色の風景は、飛び続ける『脚のない鳥』の視線のようだ。じわりと汗をかいた男女が、サッカー競技場の売店で『1分間の友人』になる、それは『永遠に続く1分』の始まりだった・・・。

私がレスリー・チャンに激しく恋をするきっかけになった1本。ここから香港映画にのめりこみ、今もレスリーと香港に恋をし続けている。あなたにも、『あの1分』の魔法を、是非。
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踏み固められた雪
暖冬ですね。


雪が降ると思い出す、ムネガイタイあの風景。


と、意味不明で雑な前フリのまま思い出話に突入。
若いというのは残酷なことで。高校生の頃の私もやはり子供ゆえの残酷さを持っていた。自分の心の痛みには敏感なのに、男の人の心の痛みには鈍感だった私。


高校1年生の頃、女友達と2人で居るところに、2人組の男性が話し掛けてきた。大学生だという。ふうん、どこの大学?と訊ねると、当ててみな、俺達頭いいよ、という返事。その物言いにいきなり興味を削がれてしまったのだが、後から思い返すにこの時この2人は頑張って『遊びなれた大学生』を演じていたのだろう。


2人は某国立大の学生で、学生証まで見せて証明してみせた。あっそう、賢いのね、で終わらせようとしたのだが、2人はなんとか会話を続行しようとした。しばらくどうでもいい会話をした後、4人でお茶でも飲まないかと誘われたが鬱陶しくて、私達高校生なのよ、もう家に帰らなきゃ、と牽制。じゃあ家まで送って行くよ、となおも頑張る2人。面倒臭く思いながらも、家までの道のりの暇潰しということで、OKした。


道すがら話すことは、健康的な話題に終始した。彼らは私達が人にぶつからないようにとか、足元の小石に蹴躓かないようにとか気を遣い、その総合的な雰囲気から「なんだ、ずいぶん生真面目な人なんだな」と容易に想像させた。これくらいの年頃の女の子というのは奇妙に老けて醒めたところがあって、男性の方が年齢に相応なフレッシュさがあったりするものだった。


家の前まで送り届けてもらい、じゃ、と去ろうとすると、大学生の片割れが電話番号を教えてくれないかという。向こうはご丁寧に自分の名前・住所・電話番号を書いた紙をくれたのだが、私は嘘っぱちの電話番号を教えて別れた。これで終わりのはずだった。が。


数日後、電話がかかってきた。あの大学生だったのでびっくり。「なんで??」とは思ったものの、「ああ、どうも」と冷静に挨拶を。彼は屈託のない声で、「よかった、繋がった〜」と言った。「どうも俺が番号を聞き間違えて書き取ったみたいで、最初繋がらなかったんだよ。それで住所を頼りに必死で調べ直して、やっと電話できたんだ」


・・・・・・・・・・・・・。


あのね、私はわざと嘘の番号教えたの。どうして気付かないの??と苛々したが、繋がってしまったものは仕方ない、適当に会話して電話を切った。


それが始まりで、しばしば電話が掛かってくるようになった。たまに手紙も来た。「誰なの、この人?」と訝しがる母に私は、なんだかうるさい大学生よ、と説明。うちの母はバカなので、有名な国立大の学生だと知ると態度が一転、嬉々として電話を取り次ぐようになった。あの男の人も母もみんなバカだ、とひとりうんざりする16歳の私だった。


彼は私がどんなに冷たくあしらってもへこたれなかった。なんで私みたいな子供相手にしてんのよ、と言っても、きみと話すのは楽しいよ、とにこにこしている。付き合ってる人居るんだけど、とハッキリ言っても、俺がきみのこと勝手に好きなだけだから・・・と少ししゅんとするだけ。彼の住む場所は私の家から結構離れていて、電車だと1時間半だか2時間だかの距離だったのだが、ほんの少しのお茶の為に彼は度々その距離をはるばるやって来たものだった。


ある日、学校の帰り、駅に降り立つと、改札のところに彼が立っていた。びっくりして「なななな、なに??なんでここに居るの??」と訊ねると、どうしても顔が見たくなったもんだから、と言った。私は学校が終わっても真っ直ぐ帰宅するとは限らず、楽器を抱えてスタジオにこもっていたりするのに、「もし会えなかったらどうするつもりだったのよ?」と質問すると、「それでも仕方ないと思ってた。突然来た俺が悪いんだから。ただ運が良ければ顔が見れるかなって」という答え。その時もずいぶん待った様子だった。


ばかなんじゃないの、とぷんぷんしながら歩く私を、家まで送る彼。このたかだか15分だか20分だかの道のりの為に、遠いところを、彼は。少しだけ胸が痛んだ。家の前に着き、少し喋っていたところに、話し声を聞きつけて母が顔を出した。あの大学生だとわかると「どうぞお上がりになって」とにこやかに誘う母。なにかハメられたような気分になって苛々する私をよそに、上機嫌で夕飯をご馳走する母と、いただきます、と言って素朴にもりもり食べる彼。この情景はなんなんだ・・・と思いながらも、きちんとした挨拶の仕方や喋り方に、「いいうちの子なんだな」と彼の育ちの良さを垣間見た。


私は彼が何を考えているのか、今ひとつ理解出来なかった。さっさと諦めてもらおうと思ってわざとボーイフレンドの話をしたりしても、彼はごく普通に私の愚痴を聞き、丁寧に仲直りの為のアドバイスをするだけ。やがて私は彼の気持ちを推し量るのをやめ、無害な友人として接するようになった。彼は私をお茶に誘い、ドライブに誘い、ディズニーランドに誘い、誕生日には私に好きなアクセサリーを選ばせてプレゼントしてくれた。


恋をすると綺麗になるのは女の子だけではないらしく、彼もまたものすごい速度で変貌を遂げた。音楽なんて全く知らなかった彼なのに、私と話を合わせる為に猛烈に勉強したらしく、エアチェックに精を出し、テープを編集し、音楽雑誌を読みまくり、常にウォークマンを携帯するようになって、あっという間に私と対等に音楽の話が出来るようになった。髪も明るく金色に変えて、当時流行っていたリマールのような頭に。なんなのその髪は??と驚く私に、「リマール見ていいなと思って・・・バイト先の生徒にも好評なんだけどな、だめかな?」と言う彼。彼は塾の先生をやっていて、そこの生徒達にカッコいいねと褒められたらしい。


確かに彼はかなり垢抜けた。パイナップル頭に細いネクタイを締めてデートに現れる彼は、80年代の流行に乗った若者だった。案外男前だったんだなとやっと私も気付いたのだが、どうしても恋の対象にはならないまま。


私は高校2年生になっていた。秋、学園祭の時期が来て、彼に招かれて初めて彼の大学にお邪魔した。彼の友人達を紹介され、1日遊び倒した。私はどこかで音楽が聴こえるとすぐに走り出して、広い学内を彼を引っ張り回した。ゆっくり座ったのは、大学の近くの喫茶店で休憩したときだけ。多分気に入ると思うよ、と連れて行かれたその店は、沢山の古時計がぎっしり壁に掛かったアンティークな店だった。


何を飲む?と訊かれて私が頼んだのはカプチーノ。「か?かぷ・・・?」「カプチーノ!」「なんだそれは?」という会話の後に運ばれてきたものを見て彼は、「へえ、これがカプチーノっていうのか。今日びの女子高生はハイカラなもの知ってんだなあ」と呟いた。私はその爺さんみたいな言葉にコーヒーを吹きそうになった。店内で古時計のひとつが、ボーン、ボーン、と鳴った。


私は彼の『何も要求しない態度』に馴れて、彼が何故私と関わろうとするのか、その意味をほとんど考えなくなってきていた。彼が音楽を勉強するのも、あれから喫茶店でカプチーノを頼むようになったのも、たったひとつの動機、『恋』からきていたのに。私は彼と知り合ってから、数人のボーイフレンドの交代があり、その度に無神経にもその話を彼に聞かせていた。ひどい話だ。


冬が来て、雪が積もった。あの頃は冬というと冬らしくちゃんと雪が降ったものだ。夜、家でぬくぬくしているところに、電話が。彼だった。また唐突に、近くの駅まで来てしまったという。会いに行っていいだろうかと言われたのだが、この状況では駄目と返事も出来ない。「じゃあ、いらっしゃいよ」と答えて電話を切った。15分もすればチャイムが鳴るだろう。私は母に彼の来訪の意を告げ、キッチンでお茶を飲みながら待った。


母は彼のことが気に入っていたので、いそいそ鏡を覗いたりして喜んでいる。私はその日機嫌が悪く、大学名だけで人を判断する母だとか、時々突発的に訪ねて来る彼だとかが全部腹立たしくなって、「馬鹿馬鹿しい、私は会いたくなんかないのよ、こういうの迷惑なのに」とぶつぶつ喋り出してしまった。いったん口を開くと止まらなくなり、結構な罵詈雑言を吐いた。希みのない恋の愚かさや彼の朴訥な行動の数々をこっぴどくこきおろし、母はその話に笑い転げた。


ひとしきり喋った後、「遅いなあ・・・」と気付いた。もう着いてもいいはずなのに、チャイムは鳴らない。何度もうちまで来ているのだから、まさか道に迷う筈はないんだけど。ちょっと外見てくる、と言って私は玄関のドアを開け、目の前の道に出た。


彼は、居た。
ポケットに手を入れて、寒そうに肩を縮め、うろうろと足踏みしていた。
彼の足元の雪だけが踏み固められているのを見て、私は悟った。
彼は私の声を聞いていたんだ。
もう長いことここで立ち尽くしていたんだ。


彼は私を見て「・・・あ・・・」と言った。ひどい後悔に胸が絞られながら私は、「なにしてるのよ??いつからここに居たの??」と駆け寄って肩を掴んだ。彼は「うん・・・えっと・・・なんか、突然来て悪いなあって思っちゃって、いつチャイム押そうかなって、タイミングが・・・ごめん」と言って笑った。


どうして怒らないの?
私があなたを嗤いものにしてたの、聞いてたんでしょ?


私はこのとき、自分がどれだけ未熟な人間なのか、そのせいでどれだけ人を傷付けたのか、激しい後悔の中で知ったのだった。彼の足元の踏み固められた雪。これを作らせたのは、私だ。


半泣きで私は、「風邪引くよ!早く中入って!」と彼の腕を引っ張った。玄関先で中に向かって「この人、ずっと外で立ってたのよ!」と言うと、母も事態を察してわたわたした。彼は、おじゃまします、と言って中に入り、私達は温かいお茶を飲ませて、食事させた。彼はいつもと変わらない様子で「うまいなあ」と言いながら食べた。私はその横顔を見ながら、私は低級な人間だ、この人の方がずっと上等だったんだ、と考えていた。


その日から私は、彼という人間を尊重することを考えるようになった。彼でなくても、誰かと関わるときにはいつも、「これはひとりの血の通った人間なのだ」とあらためて考えるようになった。残酷な子供の振る舞いの日々に挿まれたしおり。誰かを傷付けることは自分も痛い。傲慢になってしまいそうなとき、いつもあの踏み固められた雪の絵が私を諫め、立ち止まらせた。他人を馬鹿者扱いするのは、自分の愚かさを喧伝するようなものなのだ。


私は彼に恋できない自分を何度も確認した。どうしたらいいのかなと時々彼をじっと見詰めた。が、彼はあの夜以降も特に以前と変わらず、そしてまた私も変わらず。ただ、私は以前のように話半分上の空、という態度はやめて、真面目に会話するようになった。彼はというと、喫茶店でカプチーノを注文し続け、それを見ると私の胸はちくりとした。


私は高校3年生になり、彼は卒論や教育実習に忙しくなった。当初は東京に留まると言っていた彼も、やがて田舎に帰ろうかなと言うようになった。最後に会ったとき彼は、「俺、大学時代に嫁さん見付けて、連れて帰ろうと思ってたんだよね」と言った。見付けたの?と訊くと、「うーん・・・どうも連れて帰れそうにはないな」と答えて、笑った。そっか、と相槌を打って、黙る。2人とも飲んでいたのはカプチーノ。私はなんとなく、いつまでもシナモンスティックでカップの中をかき回していた。それから数度の電話と、確か葉書が一通来て、彼は田舎に帰った。


それきり、彼がどうしているか、知らない。手も繋がなかった人、恋人でも友人でもなかった人。なのに、冬になって、踏まれて黒くなった雪を見ると、ふと思い出して胸が痛くなる人。傲慢な子供だった私を怒らなかったやさしい人。


結局1度も口にしなかった「ごめんね」が、ずっと私の中を行ったり来たりしていて、でもそれでいいのだと思う。ごめんねと言う代わりに、私は何度でも思い返す、もう2度と無知で残酷な子供に戻らないように。
| Diary | 08:06 | comments(4) | trackbacks(0) |
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コメント
ああぁぁ・・。泣ける。切ない。
彼の気持ちもdearしゃんの感情も。(嗚咽)
大人になった彼が、どこかでこのblogを読んで微笑んでるかもしれない。
| みら | 2004/12/11 5:27 PM |
>みらりん
ぎゃ、そか、もしかしたら読まれる可能性も・・・
もし読まれちゃったら逃亡するぅぅぅ(TeT)
(ウェブの何たるかが全くわかってない私)

もしかしたら殴られちゃうかもなぁ、
と思ったりもするの。(笑
| dear | 2004/12/12 12:24 AM |
振られるほうが楽なんだよ。断る側のほうが100倍大変。
| しながわ | 2004/12/12 10:50 AM |
>しながわどん
にいさんの一言はキレがいいな・・・
(と素で感心するわたくし)

私はそのへん、なんだか全然駄目なんだよなぁ。
いまだに色んなことの扱い方がわからない。
心とか、心とか、心とかの。(笑
| dear | 2004/12/13 3:04 AM |
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